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<description> （24時間おきに更新中）</description>
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<title>そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)</title>
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<description>初めてこの作品を読んだのは、私の中で第一次クリスティー・ブームだった中学生の時。
実は、読み終わっても誰が犯人かさっぱり解らなかったのでした（焦）。
ただ「怖い」という印象だけが強烈に残り、
自分だ...</description>
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<![CDATA[
初めてこの作品を読んだのは、私の中で第一次クリスティー・ブームだった中学生の時。
実は、読み終わっても誰が犯人かさっぱり解らなかったのでした（焦）。
ただ「怖い」という印象だけが強烈に残り、
自分だけが怖いのは理不尽と父に無理やり読ませた記憶があります。
あれから２０年…第二次ブームを迎え新訳が出たので改めて読んでみたところ、
怖さよりも見事なトリックへの感動が先に立ちました。
やっと目の前の霧が晴れたという感じです。
犯人が解ったうえで周到に散りばめられていたプロットを再確認したくなり
すぐに読み直した次第です。
そして完璧なアリバイにまた感動。是非読んでみて下さい。きっと再読したくなります。
文句なし、クリスティの最高傑作。
「アクロイド」や「オリエント急行」は正直ズルイと思うが、本作は、とにかくわけわからないまま、圧倒的なサスペンスで最後まで引っ張ってゆく。動機の「いくらなんでも」ぶりに気がつくのは、読んでしばらくたってから。
何回も映画になってるし、パターンとしても「エイリアン」、「惑星からの物体Ｘ」他いろいろ使われてるのは、この小説の構造が、原初的なサスペンス構造を持っているからでしょう。
この作品が「読書の入り口」である若い人は、幸せな読書人生を送れると思いますよ。初めてミステリ小説を読みました、すごく読みやすかったです
話の内容に無駄がなく次々に事件が起こり、オーエンにみんなが追い込まれていく
最後の一人が不思議な死に方をして｢えっ、終わり？｣と思いますが
最後の後日談みたいなのでちゃんと説明してありスッキリします

犯人が誰か分かってからまた始めから読み直すと
違った面白さがあるのがミステリ小説ですね

のちに無数のバリエーションを生むことになる
ミステリの「型」を創造した歴史的名作。


表向きは〈童謡殺人〉ものであり、〈孤島〉ものなのですが、
それを裏で支えている仕掛けは〈操り〉と〈叙述トリック）です。


我々がミステリを読む際、厳密に犯行方法が判らなかっとしても、
犯人については、おおよその見当をつけることができます。

それは犯人のパターンには、自ずと限りがあるからです。

そんな事情を鑑みて、クリスティは決して読者に犯人を
悟らせないミステリとして本作を構想したのだと思います。


『そして誰もいなくなった』というタイトル通り、マザーグースの童謡に見立てられ、
十人の登場人物が、次々と例外なく殺されていき、最後には嘘偽りなく全員、
この世からいなくなります。

彼らを島に招き、彼らの罪を告発した謎の存在「オーエン」
（アンノーン）は、果たして彼らの中にいたのかどうか……。

粛々と見立て殺人が行われていく異様な展開により、サスペンスは終始途切れることはなく、
最後の最後に控える驚愕の真相まで、一気に読み進めていくことになります。


それまでのミステリを解体し、新たな形に再構築するべく仕掛けられた
〈叙述トリック〉の妙により、サスペンスの持続と謎解き興味を両立し得る
「型」を見出した天才の、偉大なる達成がここにあります。


引き込まれていくように一気に読めた。雨の夜の場面なんかは、ちょうど外で雨が降っている夜だったので最高に引き込まれた。アガサの小説の中でも一番読みやすいスリルのある作品だと思う。読み進めていく中で、この人が犯人では？と思った人が死んで行く展開に私の頭は迷宮入りしたのですが。色々な可能性を考えながら読み進めていきながらも私にとっては意外な人が犯人だったというのが驚きだった。最後まで読まなければ、超常現象？ではないかと思わせる展開が素晴らしい。多くの作家から今なお名作と評価される理由がわかった。表紙の島の絵もまさに内容とマッチして効果的だ！と思った。
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<title>百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))</title>
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<description>私がこの本を読んだのはもう10年以上前ですが、今でもその時の感動は忘れません。
どなたかもレビューで記述しておりましたが、文学というモノがここまで可能性があるのか!!!と知らしめてくれたのがこの本で...</description>
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<![CDATA[
私がこの本を読んだのはもう10年以上前ですが、今でもその時の感動は忘れません。
どなたかもレビューで記述しておりましたが、文学というモノがここまで可能性があるのか!!!と知らしめてくれたのがこの本です。この本は「奇跡」というにふさわしいと思います。おそらく書いた本人も驚くほどの完成度なのでは（笑）。Gマルケスの文学は総じて好きですが、百年の孤独一冊でノーベル賞を取るに足る、と思われます。すばらしい。「セルバンテスの再来」などと当時もてはやされたようですが、ドンキホーテよりもこちらの方が素晴らしいと私は思います。間違いなく20世紀では最高の文学だと思います。神業。これは久しぶりに面白い小説を見つけた。

実は数年前から気になってはいたが、冒頭の改行のない、えんえんとつづくジプシーたちの珍妙な品々についての説明に「これは片手間に読める本じゃないな」と思って見送ったのだった。
せっかく秋なので、腰をすえて読むことにしたら、重々しい文学作品というより、まったくのエンターテイメントに近い。楽しく、するすると読み終わってしまった。
たぶん私にはよく合った本だったのだろう。
ジョン・アーヴィング的な予想を裏切る展開と、時間を超越したところからの伏線が巧妙で楽しい（まず冒頭の「のちに大佐が銃殺隊の前に立つはめになったとき、彼ははじめて父親とともに氷を見た時のことを思い出した」云々からはじまるストーリーなど、秀逸である。歴史小説によくある「これがのちの――である」という感じのネタばれが好きな人にお勧め）
さらに面白いのは、非現実的要素が、現実的要素と同レヴェルのリアルさで描かれていることだ。
長いこと雨が降ったせいで、開いたドアから魚が泳いで入ってくるぐらい、空気が水分を含んでいた、という描写なんかわくわくしてしまう。さらに死んだ人間も普通にうろうろする。
そういうファンタジーな要素が随所にありながら、物語はどこまでもリアルで、悲劇的で（コミカルな部分もあるが）頽廃的で、孤独だ。登場人物はみな頑なで、自己中で、ほぼみんな名前が似ているにも関わらず、バラエティーに富んだ孤独な人生を歩む。
一族の運命をまるまる体験する、というのはなかなか興味深い。登場人物ひとりひとりあれほど強烈でありながら、死んで忘れられていく虚しさが胸にせまる。

中上健次の『千年の愉楽』と確かにいろいろ似ていると思った。
ただ、もっと悲劇的で頽廃的で毒々しいというなら、さらに日本独特の美しさとおぞましさに酔うなら、中上のほうを個人的にお勧めする。責任はとらないが。南米の架空の町、マコンドの草創、隆盛、衰退そして滅亡するまでの百年を
町を開拓したブエンディア家を中心に描いた傑作。
チョコレート飲んで空中浮遊する神父、四年以上も降り続く雨、異常に繁殖する家畜など
非現実的なエピソードと超人的な登場人物たちによって綴られる不思議な神話の様な物語に
自然と引き込まれてしまう。
この百年あまりの物語に誰もが圧倒されてしまうのは、
そこに人間の歴史の全てが凝縮されていると感じるからではないだろうか？
私が本書を読みながら気になったのは、「ノストラダムス」という名前が何度か出てくるところ。
そのノストラダムスの秘法を心得たメルキアデスによって羊皮紙に記された
予言通りにマコンドは滅亡へと向かっていく。
我々の現実世界では、世紀末を乗り越えた現在、
ノストラダムスの予言を信じているものはあまりいないと思うが、
本書が書かれた６０〜７０年代頃は結構真剣に論じられていた事を思い出させてくれる。

もし出版社に良心があるのなら、いい加減本書を文庫化して
この傑作をもっと多くの人が読めるようにしてあげるべきだと思うのだが・・・ガルシア＝マルケスをある程度読んでいて、彼の作風を知っている方なら知っていることだが、彼の小説はストーリーよりも、描写が重視される、ということは、承知なさっているであろう。私も、「族長の秋」「幸福な無名時代」「エレンディラ」など、「予習」をしてから本書に取り掛かった次第だった
期待はまったく裏切られなかった。滑稽かつ珍妙な描写の詰め合わせである。馬を殺せるほどのストリキニーネを飲んでしまっても死なない人が出てきたりするのだから。タイトルこそ「百年の孤独」だが、これを読みふけっていて、時間の経過なんか、これっぽっちも感じなかった。おしまいあたりで気がついたのだった。
もし、ガブリエル・ガルシア＝マルケスが画家になっていたら、ピカソ級の珍妙な絵画が作れたのではあるまいか。ブライオン・ガイシンが昔「小説は絵画よりも５０年遅れている」という類の発言をしていたのを思い出してしまった。ただの文字の羅列なら誰にでもできるであろう。だが並の人間の感性では、ここまで緻密、かつ滑稽な戯画を、文字では表せなかったのではあるまいか。
ただ、ストーリーが云々、と書いたが、よく読んでみると、人物描写がよくできているのに、気がつくだろう。誰が主役だ、といいきれないほど、個性的な人間がたくさん出てくる。それも、もちろん滑稽な描写にまみれているが。人物の描写も、小説全体の戯画にも、どちらを重視する方も（そして、両方を求めている方にも）お勧めでる。これがラテンアメリカ文芸なのか、いや・・・「これがガルシア＝マルケスである」と。
この世界は広くて複雑だ。それを感じさせてくれるのがガルシア＝マルケスであり、この「百年の孤独」なのである。レビューに触発されて買ってしまいましたが、なるほどこれは確かにすごい。
文学、音楽、絵画、映画、建築…とあらゆる芸術体系がありますが、この作品は「文学が可能な芸術表現の極み」に達しています。文学ってものがここまですごいとは思いませんでした。
まさに一読の価値あり。高いですが損はしません。私は図書館で借りて読んだのですが、手元に置いておきたくて結局現物を買ってしまいました。中古が出回っていないことからも、この本の質の高さが良く分かるかと思います。
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<title>テファニーで朝食を (新潮文庫)</title>
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<title>幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))</title>
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<description>ＳＦの金字塔はハインラインの「夏への扉」だと思うが、本作も一読してＳＦの古典たる
名作であると知れる。オーバーロードの目的とは何か？彼らの正体とは？と興味がそそられる
が、結末は意外なことになる。面...</description>
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<![CDATA[
ＳＦの金字塔はハインラインの「夏への扉」だと思うが、本作も一読してＳＦの古典たる
名作であると知れる。オーバーロードの目的とは何か？彼らの正体とは？と興味がそそられる
が、結末は意外なことになる。面白いので是非一読して欲しい。突然現れた宇宙船によって、人類は孤独ではない事を知る。
オーバーロードの統治によって幼年期が終わり始め、徐々に変質していく社会と人類。
自分の拙い表現力ではこの作品の魅力を言いあらわすことは出来ない。


クラーク氏の作品はいわゆる設定や事象など、世界観で魅せる作品と言うよりも
底流に時代の移り変わりと関係なく存在する人間に対する普遍的なテーマがあった。
それが、今読んでも古さを感じさせない（もちろん、設定の古臭さは若干あるにしても）
理由なのでは無いかと思う。

衛星通信の原理について最初に論文を発表するなど、自身が優れた科学者であり、
ＳＦ作家であった氏は何よりも先ず優れた語り部であった。
彼の紡いだ物語によってどれほどの人間が影響を受け、後の社会を変えて行ったのか、
見当も付かない。
もう人類が氏の新しい物語に出会うことがもはや無いのがとても惜しまれる。

宇宙からオーバーロードが地球にやって来ます
彼らはすぐれた科学力を持っています
彼らの目的は何か
地球人はやがてオーバーマインドに進化します
物質を越えた精神生命体です
クラークの作品なかでも最高傑作だと思います
他のSFとはちょっと違った印象を受けました。

人間はオーバーロードに支配され、管理されていくのですが
やがてその管理の真相がわかるとただ絶望に打ちひしがれるしかない…
そして最後は人類はもやは何ものの意味を持たなくなる…
なんだか未来の私たちを見ているようでぞっとします。

ただ、違った印象を受けるため
この本は良くも悪くも評価が分かれる本だな、と思います。

とにかく、読み終わったあと、恐怖を覚えました。かなり昔に(創元推理文庫版を)読んだんですが、読み終わった時の感動はうっすらと覚えています。クラークよりアシモフやハインライのほうが好きなんですが、これは好きです。私はクラークのように真面目すぎるSFは読むのに根気がいるたちなんですが、これは一気に読むことができました。読んで損はないと思います。SF小説にいちいち現実との整合性や理論的な解釈を求める心の貧しい人には評価されるかどうかはわかりませんが、SF小説(他のジャンルの小説も)を素直に楽しめる人にオススメします。
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<title>ファウスト (まんがで読破)</title>
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<description> メフィかわいいよメフィ！メフィストがかわいい少年キャラです！一人称が『僕』ですっ！ちょっと悪ガキ風味なところがなんとも言えんです♪

 いくらか原作ブレイクしていた部分あったが、これはこれで楽しめ...</description>
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 メフィかわいいよメフィ！メフィストがかわいい少年キャラです！一人称が『僕』ですっ！ちょっと悪ガキ風味なところがなんとも言えんです♪

 いくらか原作ブレイクしていた部分あったが、これはこれで楽しめた。終わり方が日本人が好みそうなシメ方だと思った。
 というのも……メフィストきゅんいい子すぎるっ！
 まさか原作のあの部分をこんな風に表現するとは！あの部分は違う解釈もできるだろうが、ファウストだけでなくマルガレーテやメフィストにとっても、ハッピーエンドな解釈での終わらせ方だったから読んでて幸せな気分に浸れました(^^)
 自分は岩波文庫の漫画じゃないのも読んだのですが、それのとき自分はメフィストが置いてけぼりをくらってしまう悲しい＆びでぇ解釈をしてしまい、「こんなラストを用意するなんてゲーテも人が悪いなぁ」と泣きそうだったので、メフィストもハッピーなエンドであるこの漫画はとても楽しめました。(^^)
 原作を一度読んだ方にも、違う解釈のしかたや新しい発見があると思うので、おすすめです。

 最後に。乙女男子ぶり全開な痛いレビューですみませんでした。
 この本の内容は決して痛くありません。でも、女の子は好みそうかも。原作は未読（序盤で挫折）なのですが、この本は面白かったです。
私が持っているまんがで読破シリーズの中では一番魅力的な絵ですし
「まんが」として良く仕上がっていると思います。
（作者さんの好みが入ってるんでしょう、
 妙に色気のある美少年なメフィストが印象的です。）

ストーリーの方は原作未読な私でも
かなりはしょっているのだろうと感じられました。
あれ？『ファウスト』ってヘレナが出るんじゃなかったの？とか。
興味深いテーマでしたがどこまで作者の解釈が入っているのか分からないですし。
これを読んでファウストを「読破」した気になるのは無理そうです。

そういった不完全さは原作既読の方にはイマイチに映りそうですが
私は原作も読んでみたいという感想を持ちました。
まあまた途中で挫折するかも知れませんけど、
「まんがが面白かった。原作にチャレンジしてみよう」
と思わせられたという意味ではいい本だったと言えるでしょう。絵は悪くない。とくにメフィストのキャラ造形は表情とかかなりいい感じ。

原作の内容が大幅に編集改変されております。
２００ページ足らずの漫画なので思いっきり端折った構成なのはまあよしとしましょう。
マルガレーテとの恋がメインの第一部に比重を置いて第二部のギリシア冥府巡りをバッサリ削除しているのは良い判断だと思いますが、原作のラストを変えてしまったのはいただけない。
なにしろ原作にはない「神話ならびに神や悪魔と呼ばれる存在は人が創造したものである」という、漫画オリジナルの現代的解釈に変更してしまっているのだから。
原作の根底的な部分を独自の設定テーマに改変してしまっているので、これを「ゲーテ・作」と表記するのは如何なものかと。

ただ、原作を読んでなかったら漫画として普通に楽しめる作品だとは思います。 ハッキリ言って１回読んだだけでは分かりませんでした。
２回目を読む気力も起きませんでした。
難解です。
おそらく原作がとても分量が多く、要約しすぎているのではないかと思います。
「人生をやり直したくはないか」という魅力的な内容なのですが、やはり哲学的であり私には難しすぎました。
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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/06/4151400184.html">
<title>アルベール・カミュ (1) カリギュラ (ハヤカワ演劇文庫 18)</title>
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<description>まちがいなく日本の演劇史に残るであろう、2007年の傑作舞台「カリギュラ」
（作＝カミュ、演出＝蜷川幸雄、主演＝小栗旬）の原作が、ようやく出ました。

これは紹介文にあるとおり、カミュ自ら『異邦人』...</description>
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まちがいなく日本の演劇史に残るであろう、2007年の傑作舞台「カリギュラ」
（作＝カミュ、演出＝蜷川幸雄、主演＝小栗旬）の原作が、ようやく出ました。

これは紹介文にあるとおり、カミュ自ら『異邦人』等とあわせて「不条理の三部作」
と名づけたという、いわくつきの作品。
そして翻訳は、舞台台本の翻訳を担当した岩切正一郎さんーー
とくれば、もう読むしかないでしょう。

みずから「神」を演じることで世の不条理に戦いを挑む、美しき残虐王カリギュラ。
カリギュラに対するクーデターの首謀者となる、知的でクールな文人貴族ケレア。
父を殺したカリギュラを憎みきれず苦悩する、ピュアな少年詩人シピオン。
自分を奴隷の身分から解放してくれたカリギュラを慕う、野性味あふれる忠臣エリコン。
そして、時に母のようにカリギュラを諭し支える、年上の恋人セゾニア。

カリギュラの残虐非道ぶりにただ取り乱し、保身に奔るばかりの側近たちのなかで、
この４人だけが、カリギュラの残忍さが「仮面」にすぎないこと、
そして仮面の下にある彼の素顔を見ぬいています。
そしてそれぞれのやり方で、彼らはカリギュラを理解し、愛するのです。

気になる訳文は、一部変更が見られるものの、ほぼ舞台と同じ。
（ＤＶＤ版に照らしてみましたが、活字で読んでも違和感のないように
調えられた個所が、多少ある程度です。）
新訳ブームの火つけ役となった某文庫のキャッチフレーズではないですが、
登場人物たちが「いま、息をしていることば」で語る、みずみずしい翻訳です。

岩切さんの「訳者あとがき」もステキです。舞台のリハーサルの様子も紹介されていて、
小栗君たちとのやりとりを通じて、キャストの皆さんの熱意が伝わってきます。

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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/07/4102193367.html">
<title>幸運の25セント硬貨 (新潮文庫)</title>
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<description>趣の違う７編が収めれたスティーヴン・キングの短編集です。 

「ゴーサム・カフェで昼食を」の様に血なまぐさい惨劇の物語もあれば、この短編集のタイトルとなっている「幸福の２５セント硬貨」の様なほんのり...</description>
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<![CDATA[
趣の違う７編が収めれたスティーヴン・キングの短編集です。 

「ゴーサム・カフェで昼食を」の様に血なまぐさい惨劇の物語もあれば、この短編集のタイトルとなっている「幸福の２５セント硬貨」の様なほんのりした温かいものを感じさせる物語もあり、種種様々です。 
それだけに、好みでない作品もあるかも知れませんが、心にぴたっとフィットする作品があるかも知れません。 
そのくらいジャンルの離れた作品を含んだ短編集です。 

個人的には、冒頭の「なにもかもが究極的」が気に入りました。 
もう一つは今度映画が公開される「幸福の２５セント硬貨」で、ラストで途中の数作の索漠とした気持ちを和ませてくれて、気持ちよく読み終わることができました。スティーブン・キングの短編７編。
作者が頭に浮かんだイメージを掘り起こすといっているのが分かるような作品。
文章や、プロットが練りに練られてというよりも、生のイメージをそのまま取り出してきたような感じ。
７作品の中でも好き好きが分かれそう。

もう少し文章が小説的に円くなっているほうが好きだなぁ。
スティーブン・キングのもっと昔の作品のほうが好きです。
その中でも比較的、小説的にまとまっている表題作「幸運の25セント硬貨」が一番肌に合いました。
次が「なにもかもが究極的」。あとはうーん、微妙です。
 新聞広告か何かで見て、「おもしろそうだな」と思って購入した。まず、文章が読みづらい。翻訳本特有の回りくどい表現のオンパレードで、何が言いたいのかダイレクトに伝わってこない。筆者の責任なのか、翻訳がまずいのかはわからないが、何とかならないものだろうかと思った。話の落ちはそれなりにおもしろいのかもしれないが、裏表紙にあるうたい文句ほどたいしたことはないように思う。あと、表現（言葉遣い）の品のなさにも閉口した。 この作品集の中には、個人的には内容によって好き嫌いのでるものがあるかと思う。超能力者ものはキングの他の多くの作品と異なり、ビジュラル的にイメージしにくいこともあり好みの分かれるところである。「ウイルスは北へ･･･」「ゴッサム･･･」「２５セント」なんかは、画面展開が目に見えるほどであって、その描写力こそがキングの真骨頂かとも思う、尤も訳者の手腕に負うところも結構多いが･･･。 短編集では、場面の切り替えがすばやくキング本来の持ち味がなかなか出ないのではないか。個人的には伏線を何度も引きつつ、大きな流れに持っていくキング特有の超長編が好みではある。いずれのいせよ、こんな作品をケロッと書いてくるなんて、相変わらずキングは異常である。メイン州が生んだ元ボイラーマンの天才キングの短編集。代表作は腐る程あるのであえて触れません。プロットが一番大事というキングの言葉通りに、あらすじを読むだけでその物語の楽しさが伝わります。全ての作品が面白いのですが、「例のあの…」がとても気に入りました。デジャヴ(既視感)を上手く使った作品だと思います。キングの最後に書いた「同じことの繰り返しこそ地獄」という言葉も印象的でありました。日本訳をしている人がみんな上手いので、雰囲気を損なわずに読めると思います。ホラーに関わらず、小説が好きな方は読んだみては。
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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/08/410201506X.html">
<title>ゲーテ格言集 (新潮文庫)</title>
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大小の様々な格言、砕いて言えば人生の応援メッセージを集めたものです。
格言はスケールの大きなものから、生活の知恵程度の...</description>
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<![CDATA[
本書は、ドイツ文学、ひいては世界文学に大きな影響を与えたゲーテの著作の中から、
大小の様々な格言、砕いて言えば人生の応援メッセージを集めたものです。
格言はスケールの大きなものから、生活の知恵程度のちょっとしたものまで、
長さも、1ページに渡るものから、一言でエッセンスを凝縮したものまで、
まさに多種多様です。便宜上編者がテーマ別に分けていますが、
読者によって様々な解釈が可能であると思います。

なおビジネス書などで、このような格言を、
失礼ながら著者の我田引水な解釈で紹介するものが見受けられますが、
個人的には、本書のような、ただゲーテの言葉をそのまま並べているものの方がお薦めです。
読者が、それぞれの身の丈にあった解釈をする方が、
年齢や環境に応じて何度も格言を味わうことになり、
より格言を印象深いものにするように思います。
文豪ゲーテ。
現代にも十分通じる格言がちりばめられている。
中には現代の情報化社会を予言したのではないかと思わせるものもある。
例えば
「人間は、なんと知ることの早く、おこなうことの遅い生き物なのだろう」ｐ２２
「人間がほんとに悪くなると、人を傷つけて喜ぶこと意外に興味を持たなくなる」ｐ２６
「なんでも知らないことが必要なので、知っていることは役に立たない」ｐ１７１
「ひとはほんとうはほとんど知らない時のみ知っている。知識と共に疑いが増す」ｐ１８４
ゲーテの著作から、心に残る名句を抽出しまとめた一冊。

この中に編まれた総ての言葉に即座に頷くことできないが、バーッと読み進めていって、時折ハッとする言葉が胸を打つ。例えば、

・芸術も人生と同じく、深く入りこめば入りこむほど、広くなるものである。（「イタリア紀行」）
・有為な人間は、すぐに外面から内面へ向かって自己を教養する。（「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」）
・自分に属するものから脱することはできない。たといそれを投げ棄てようと。（「格言と反省」）
・人生は色どられた影の上にある。（「ファウスト」）

……などのように。どれも高尚な文章で、しかも内的な含蓄に富んだ素晴らしい名句である。純粋な意味での「言葉の力」を再確認させてくれる。

それと、あとがきで編者も書いているが、ゲーテはしばしば矛盾したことを言い放っている。しかしそれでこそ人間ゲーテの魅力だ。そもそも思考とは常に流動するものである。

いずれにせよ、ゲーテの戯曲や小説に興味を持つ、良い切っ掛けないしそれらの入門として、本書が役立ってくれることは確実だ。

この本を探していた方は多いのではなかろうか。テレビドラマ「華麗なる一族」を見事に演じきった木村拓哉に山崎豊子先生が贈った言葉は90ページから91ページにまたがっている。私はテレビを見、翌日あわててこの本を購入した通りすがりにすぎない。この一節が山崎先生の全て、と言っても過言ではない。彼女の著書、過酷な運命に翻弄されつつも火の玉となり、果敢に問題に立ち向かった男たち。ゴールに向かうどころか、まずスタートラインを探すところから始める苦難の連続。男たるもの口数が少なく、薄っぺらな弁解をしないものだ。万俵鉄平、壱岐正、恩地元、陸一心．．．彼女の著書では「勇気を失ったの」は主人公になりえない。昨今の流されやすい嫌悪すべき風潮、是非この「勇気を失ったもの．．．」の一節を声に出して音読していただきたい。記述されて数百年、本質はいつの時代も変わらない。転職しようか、などと岐路に立っている方にこの本を勧めたい。選択肢という言葉があるが、選択の余地などない、男には信念が必要なのだということがおのずと見えてくるだろう。素晴らしい言葉たちで溢れています。そこには、私の心に住み着く不安や罪悪感、後悔を取り除いてくれる哲がありました。何時も側に置いておきたい大切な本です。
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<title>ティファニーで朝食を</title>
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<description>こんなレビュータイトルにすると、日頃からカポーティや米文学に親しんでいる方々に
怒られてしまいそうですね。
私はご他聞に漏れず、小説ではなくて、映画から入った口です。オードリーのファンですし、彼女の...</description>
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こんなレビュータイトルにすると、日頃からカポーティや米文学に親しんでいる方々に
怒られてしまいそうですね。
私はご他聞に漏れず、小説ではなくて、映画から入った口です。オードリーのファンですし、彼女の出演作では「ティファニーで朝食を」がいちばん好きなものですから。
その影響で、もう昔になりますが、瀧口訳を読んだことがあります。でも、その時は、
映画でのオードリーの印象が勝って、全然いい小説だとは思えなかったんです。

で、今回上訳を読んでみて、昔の感想が綺麗に払拭されました。
すごくいいですよ、この小説は。主人公の造詣から練り上げられた文体、文章まで最高です。
カポーティの素晴しさをはじめて知ることができました。
やはり、翻訳の影響って、とても大きいんですね。
村上訳がどれもいいというわけではありません。
個人的に、「キャッチャーインザライ」と「ロンググッドバイ」は今ひとつでした。
逆に「グレート・ギャツビー」と「ティファニーで朝食を」は、とてもいい。

ともかく、映画とはストーリーが異なりますが、映画も小説も両方とも楽しめます。カポーティの短編の巧みさと独特の雰囲気に目を見張った僕は、改めて「ティファニー」をオリジナルテキストと共に読み返してみよう、と思っていた矢先に、本書が出版された。
さっそく買ってきて、1968年にやはり新潮社から出版された龍口直太郎訳｢ティファニー｣と読み比べてみた。
龍口訳も本書も、表題作以外に全く同じ短編が3作収められている。「花盛りの家」「ダイアモンドのギター」「クリスマスの思い出」である。
これらを読み比べて改めて感じたのは、村上さんがかねがねおっしゃっている「翻訳の賞味期限」ということ。
原作が名著と呼ばれるものであればオリジナルテキストに賞味期限はないが、翻訳の方はそれが訳された時代々々の社会を反映したコトバで訳されているためか、そこにどうしても賞味期限といったものが生じると。
本書と龍口訳を読み比べて、少なからずそれを感じた。
龍口氏は、1903年生まれ。「戦後日本に米文学を紹介した」とあっていわば「大御所」である。
その龍口訳のある意味古色蒼然たる訳文は、地の文においては格調高くカッコいいのだが会話文においてはなんとも違和感が出てくる。
ホリー・ゴライトリーやその友人のマグなど個性的で(少なくとも表面的には)都会的な若い女性たちが出てくるシーンで「こちとら」だの「やっこさん」だのというコトバが発せられるとねぇ。日活の「渡り鳥シリーズ」じゃないんだから。
その点村上訳の会話は実に現代的でクールである。
また、地の文においても龍口訳では米国の学制に対する認識不足や社会的なスタンスの違いによるとみられる咀嚼の甘い訳などが見られたのに対し、村上訳はそのあたりをスッキリとクリアしている。
このあたりはいずれも龍口氏の力量というのではなく、翻訳当時の日本社会のありよう、もしくは米国社会との距離感によるものだとおもう。
おそらく、いかに「大御所」による名訳とはいっても賞味期限が来つつあるのだろう。
とはいえ、村上訳が全ての面で良かったか、というとそういうワケでもなく、常々原文に忠実に、訳者の色を消して、とおっしゃっている（「翻訳夜話」にそんなくだりがあった）村上さんの訳文にしては、「というか」なんていう村上作品に頻出する「ムラカミ語」が散見されたりして、なんだかなぁ、と思ったりもした。
格調の高さでは龍口訳に軍配が上がり、とくにそれは「ティファニー」以外の3作においてあてはまる。
この3作には賞味期限を感じさせる違和感が少ないのである。
翻訳時期だけではなく素材や舞台設定など、作品との相性といった部分も賞味期限に影響してくるのだろう。
ともあれ、カポーティの名著（個人的にはこれがカポーティの最高傑作だとは思いませんが）。どちらの訳本でも、一度お読みになっても良いんではないでしょうか。
今回小説を初めて読み、しかも映画も観たことがない私には先入観なく物語りに入っていけましたが、こんなアバズレの小説にヘップバーンが出演したの？と驚きでしたが、最後の村上春樹氏の後書きを読んで安心しました。映画と小説は筋が違うらしいですね。小説は楽しく読めました。可もなく不可もなく。面白かった！

オードリーの映画で有名ですが、原作は、トルーマン・カーポティです。今回、村上春樹さんが新訳で出版されました。ついつい、新訳にまんまと踊らされている私です。でも、良かった。

ストーリーは、ニューヨークが舞台。作家が数年前のまだまだ駆け出しであった頃に、階下のホリーにいろんな人が関わり、振り回されるその時を、物語ります。

ホリーがNYで過ごした現実味のない生活を、それを承知しつつ、はかないけれど、その生き様を、水に浮かぶ花びらをすくうように、やさしくつむいでいく。なげやりのようで、たくましい、そして、美しい。

映画は、みたことがありませんが、全く、映画と本は、別物と考えた方がいいと思います。それは、カーポティーも言っているし、訳者もそういっています。私も、原作を読んだ限り、絶対、ホリーは、オードリーではないと思います。誰だろう。。。今、改めて映画化するとなると、スカーレット・ヨハンソンとか、良いかも。

訳者のあとがきには、この文章には、まったく無駄が、無いそうです。ポエムのように、物語がすすんでいくのでしょうね。やはり、一度、原書で、読んでみなければ。まず何よりも文体が村上春樹の小説にそっくりなのにビックリ。
鉛筆は削られるのを待っているし、トーストはかりかりで、舌をこんこんと鳴らす人物。
この段階でかなり喜んでしまった（小説、最近ご無沙汰なので）。

以前に読んだことある作品だったけれど、ほとんど忘れていた。
今回読んで小説を読む楽しみをしみじみ思い出しました。
めちゃくちゃなヒロインに対する「僕」の、どうにもなりようがない想いがせつない。
冒頭で分かるように全てはもう過ぎ去ってしまい、「僕」はこの思い出の空間と良い距離を保っているよう。
けれど、まだセピアではなく、かなり鮮明な感じがします。
それもこのヒロインが凄すぎるから。
少なくとも２回は度肝を抜かれました。
そしてラストがまたグッとくるんだ、これが。

それにしても小説と翻訳の表現が似ているのって、よくあることなのかな？
こんな作品を吸収してこそ村上春樹の文体はできあがってきたのかな、と思いました。
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<title>異邦人 (新潮文庫)</title>
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<dc:date>2008-12-05T00:05:30+09:00</dc:date>
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<description>主人公の圧倒的な一言、そして最終章へ…

とにかく読んで読んで、考えて欲しい

そんな衝撃作です。ムルソーと自分が少し似ている気がした。

愛することも、裁くことも、ムルソーの目には、神の名のもとに...</description>
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主人公の圧倒的な一言、そして最終章へ…

とにかく読んで読んで、考えて欲しい

そんな衝撃作です。ムルソーと自分が少し似ている気がした。

愛することも、裁くことも、ムルソーの目には、神の名のもとに人間が勝手に作り出した規律だと映る。彼は神を信じない。
かといって、彼に人間的な心が無いというわけではない。風が心地よいと感じたり、自分を法廷で必死に助けようとしてくれた友達を抱きしめたいと思ったり。何より、マリイの顔が浮かんでくる件や、母親が養老院で許嫁をみつけて生き直そうとしたのではないかと彼が考える件を読んでいると、人とつながりたいという願望は肯定しているように思える。

無関心でいることがいいことなのか悪いことなのかわからなくなった。しかし人間は皆が共通の倫理観の中で生きていかないと、世界が混乱してしまうのだ。
その倫理観を拒絶するムルソーには、この世界はあまりにも逃げ場がなかった。

「世界の優しい無関心」から後が自分の中でよく解釈できていないので、これからじっくり考えようと思う。主人公であるムルソーは自分が犯罪者である自覚がない。 しかし、彼と一般人には明らかに異なる点がある。そして検事はその点を指摘し、死刑を求刑する。 母親の葬式で涙を流さない。 母親が死んだ次の日に、彼女と一緒に遊ぶ。 そして、数日後人を銃で殺す。 このような断片的な情報を与えられるだけでは、私たちは、彼は自分たちとは違う人間であり、犯罪者としての質を秘める人間、と解釈することも十分有り得るだろう。 彼はいかなる曲面でも極端に自己に正直であり、演技を行わない。世間が要求する言動をとらない。彼の口から言えば、「特に取るべき行動がないから行動しない」からだろう。しかし実際はそれではやっていけないが多々ある。 一般的に求められるものは、例えば、悲しい→泣く・楽しい→笑う、ではなく、世間的に要求する→ある特定の言動・表情を取る、である。つまり内実は考慮の対象にならない。 彼は母親の態度と事件は関係を持たないように考えており、殺した理由もたいしてない、太陽のせいだと主張する。 彼からしたら、偶然の連鎖が、たまたま正ではなく、負の連鎖となってしまい、事件が起きた。不運としか考えていないだろう。このように虚無主義的な殺人者が描かれることで、私たちは様々なことを考えさせられるだろう。 僕は頭は良くないですが小説を読むのが大好きです。ホラー、推理、SF、名作、B級、短編、長編etc…そんななかで僕のベストはダントツで『異邦人』です。月に3回は読んでます。理由はムルソーのキャラです。 彼の回想録風に書かれていますが、彼の思想、発言がいちいちおもしろいです。『別に話したくもないからわたしは「そうです」と答えた』、『あれを見て惨めな気がしないかと聞かれたのでわたしは「しない」と答えた』、『あれは風変わりな女だと思ったが、じきに忘れてしまった』等々、彼の個性の強さが感じられます。 しかし彼は心からママンを愛し、マリイや友人を戸惑わせ、格子から顔を突き出すほど外の世界に憧れ、陪審員の非難の視線に悲しみ、死刑を恐れ、司祭との意見の違いからプッツンするなど、結局は彼も言ってるとおり『自分は絶対世間一般の人と同じ』だと言うことに最近気づきました。彼は無感情では決してないし、ましてや異邦人でもないと思います。 ただ『人生は生きるに値しい』ということを知っていて、なおかつこれを素直に受け止めているだけだと僕は思います。テーマが難しいだけに皆様のレビューは大変参考になります。しっかり勉強したいと思います。アルジェリアで暮らすムルソーという青年が、フラフラとしてしまうような暑さの中、正当防衛とも言えなくはない状況の下（対決といったほうがいいか）で、友人を狙うアラビア人を殺害する。 
その裁判で、唯一の肉親だった母親を亡くしたときに涙を見せなかった男であるといった理由や、加罪行為の動機を聞かれて「それは太陽のせいだ」と答えたりして、結局死刑を宣告される。 
その一連の過程でのムルソーの心のうちを描いている。 

内容はこんな感じ。 
うまくあらすじとして書けてないので、これを読んでる人に誤解を与えそうだが、この青年の行為自体は、ある程度自然なものだと思う。 
だから裁判で検察側が死刑を求刑したときなどは「んなわけないじゃん」と思いながら読みすすめていた。 
しかし裁判長に「あなたはフランス人民の名において広場で斬首刑」なんて言われたときには、読んでるこっちがショックを受けた。 

自分の常識を外されたこともあって、しばらく「え？」というきょとんとした思い。読んでるこちらの思惑は置いてけぼりにされた形で、その死刑判決は変わらず、粛々と時は経っていく。なにか読んでいる自分が不服で上申したい気持ちになる。 
もちろん殺人は悪いことだけれど、この青年は悪くないと思っている友人や恋人だっているのに･･･。 

これはつまり、この小説の内容に限らず、自分では至極自然にした行為であっても、それはある社会においては許されざる行為であり、許せないことがある、ということか。 
母親の葬儀で涙を流さない人間はすべて、この社会で死刑を宣告されるおそれがある、という事例に代表されるように。 
日頃から自分は社会の常識やルールに合わせるために、自分に嘘をついて生きていかねばならない、ということか。 
そしてこの舞台の中では、自分に嘘をつかない彼は、非常識な、言い換えれば異邦人としての存在だったのだ。 

んーーー、うまく書けないけど、カミュの作品は「不条理の文学」と言われるだけあって、実際に起こりそうなだけに、なにか人生のやるせなさ、切なさを感じるものがある。 
脳みその中が、ちょっとグチュグチュなので、今度「『異邦人』の哲学的翻訳」と言われている『シジフォスの神話』を読んでみようかと思う。（いつになるやら・・・） 
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<title>不思議の国のアリス・オリジナル(全2巻)</title>
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<description>背表紙が見えるように格納する金色の箱に原書版と翻訳版
二冊が納まっている。
原書版はペーパーバックより少し厚手の表紙に油紙のカバーが被せてある。
ルイス・キャロル直筆の文字と挿絵が印刷されて９０ペー...</description>
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<![CDATA[
背表紙が見えるように格納する金色の箱に原書版と翻訳版
二冊が納まっている。
原書版はペーパーバックより少し厚手の表紙に油紙のカバーが被せてある。
ルイス・キャロル直筆の文字と挿絵が印刷されて９０ページ。
封書と写真付便箋一枚が一セット本の中に挟まっている。
原書はアリスの絵から始まってる。
翻訳版は単行本のように厚紙の硬い表紙で、日本語とテニエルの挿絵が
載っている。８４ページ。ウサギの絵から始まっている。
原書版は手描きの印刷だが、作家は几帳面な性格らしく、ほとんど標準
字体で書かれているので、英語に不慣れでも読むのに苦労しない。
少しL(エル）を読み間違える場面があるかもしれない。かつて、ドジソン先生がアリス・リデルに送ったプレゼントブックの復刻版です。
この本を見つけた時には、条件反射に近い反応で購入してしまいました。

中の挿絵は、有名なジョン・テニエルの挿絵ではなく、
（当たり前ですが）ドジソンの物が使用されています。
キャロル自身に対する解説本以外で、この挿絵が使用される例は非常に少ないうえ、
「地下の国のアリス」の本自体が皆無に等しいので、ファンには嬉しい限りかと…。

翻訳も付いていますが、メインは「復刻版」です。
また、内容としては言葉遊び（無論英語）や、パロディも多用されるため、
その手のことに「面白さ」を見出せる人向けです。

むしろ、手書き本としての性質もあるため、
既にキャロルの魅力を知っているファンのための本です。
初心者の入門用にはお勧めしません。
とくに、「アリス＝ゴスロリ」というイメージを持っている人には、全くお勧めできません。
「萌えっ子」好きにも全然お勧めできません。

私的な見解ですが、
万人向けの本とはいえないと思いますが、「ファンなら是非一冊手に入れておきたい本」でしょう。
また、元がプレゼントブックだった訳ですし、装丁も綺麗なので、
一言添えてプレゼントすれば喜ばれると思います。

「キャロル＝論理・ナンセンス・パロディ」
この図式にピンと来るタイプの方には、お勧めできる一冊です。
「不思議の国のアリス」は、その元はこの本の「地下の国のアリス」が元になっています。このような形で出版されるのはとても嬉しく思います。

ルイス・キャロルの言葉遊びは訳文でなく原文を読まないと意味不明なことも有るのですが、楽しく読めました。
アリス関係の本は集めているのですが、「地下の国のアリス」は現在出版されているものとしてはこれだけでは無いでしょうか。
むろん訳だけ読んでも楽しいのですが、テニエルとは違ったイラストを見るのもいいし、原文を読んでも楽しいと思います。写真ではわかりにくいですが、ケースは模様の入ったゴールドで、とてもきれいです。ルイスキャロルの原画は、なんともユーモラスで味があって、絵を眺めているだけでも楽しめます。直筆の文章とあわせて、アートブックとしても楽しめると思います。 マザー・グースの延長線上に燦然（さんぜん）と輝く、ルイス･キャロルの人柄が伝わってくる、ことば遊びと空想力の結晶！ 

 生涯あなたをとらえてはなさない名作です。 
 英語でも読むなら２倍面白くなるでしょう！ 

 作者ルイス・キャロルこと、数学のドジスン教授は当初出版の自信が全然無かったというのですから驚きです！ 

 ♪ドジスン教授がドジをした！ アリスを出さないドジをした！ 

  出したらアリスは世界一！  アリスの人気は世界一！♪

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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/12/4102071016.html">
<title>変身 (新潮文庫)</title>
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<description> 以下書くことは、人から聞いた話である。
 グレゴール・ザムザはなぜ、毒虫にならなければならなかったのか。
 彼は一家を養っていた。グレゴールからしたら、養っている家族のほうが、お邪魔虫であり、寄生...</description>
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 以下書くことは、人から聞いた話である。
 グレゴール・ザムザはなぜ、毒虫にならなければならなかったのか。
 彼は一家を養っていた。グレゴールからしたら、養っている家族のほうが、お邪魔虫であり、寄生虫のようなものであったはずだ。彼には罪はなかった。罪があるとすれ、家族を邪魔者と、――たとえそれが潜在意識の中でしかなかったとしても、――考えてしまっていたこと、かもしれない。グレゴールは、自分の意志とは無関係に、結果的に、家族を救った、と言える。ひたすら養われていた一方だった彼らは、いわば、生ける屍のようなものだった。グレゴールの死により、彼らは、息を吹き返した。本当に、生きはじめることが出来た。聖書の言葉を借りれば、一粒の麦が地に落ちて、多くの実を結んだのである。そう、グレゴールは、メタモルフォーゼされた、イエス・キリストなのだ。
 以下は、私が考えたことである。
 誰かに養われる、というのは、後ろめたい気持ちが伴う。グレゴールには、家族が抱いていた、そんな後ろめたさを察する優しさが必要だったのではないか。彼にその優しさがあったならば、彼は毒虫にもならず、死なずにすんだかも知れない。家族全員、助け合って生きていく道も開けたかもしれない。当たり前のことだけれど、私たちは、一人では生きていけない。迷惑を掛け合いながら、お互い助け合っていかなければ、生きる道は開けない。カフカ自身は、こんな、お説教くさいことを言いたかったわけではあるまい。ただ、生まれてこの方、迷惑をかけっぱなしの私は、そんな風に考えさせられたまでの話である。
 以下は、私の戯言である。
 九頭見和夫氏は、本作「変身」と太宰治の短篇小説「花火」とを比較し、太宰が「変身」を翻案し、「花火」を創作した可能性がある、と指摘している。「変身」を「花火」に〈変身〉させてしまった太宰。〈変身〉。太宰は、〈変身〉願望を根強く持っていた、と私は思う。町田康さんは、人の肉体を〈宿〉にたとえ、不滅の〈魂〉が、〈宿〉から〈宿〉へ泊り歩く寓話を、「宿屋めぐり」に書いた。太宰の人生そのものが、〈宿屋めぐり〉だったのではないか、と私は考えている。
 太宰の創作した作品が〈宿〉であり、太宰の〈魂〉は作品という名の〈宿〉から〈宿〉へと旅を続けていったのではないか。芭蕉が、〈旅人〉と呼ばれんとして、つまりは、名もない〈旅人〉と呼ばれんとして、漂泊の旅を続けたように。それは、〈自分〉を〈他人〉へと、一歩、また一歩、と近づける努力である。それは、彼が究極のモットーとした、〈己を愛するがごとく、汝の隣人を愛せ〉に通ずる努力だった、と私は思いたい。私の文章は、まったく、論理的でないかもしれない。しかし、人は、論理だけで生きているわけではない。盗人にも三分の理、という。私にあるのは、どうやら、これだけらしい。
朝起きるとザムザ君が虫になってるという、言わずと知れたカフカの代表作。さまざまな解釈があると思いますが、僕は他の作品同様テーマは『孤独』や『疎外』だと思います。ある心境に達するともはや人間は虫になってしまうといったかんじでしょうか。短いですがとても深い内容で、何度読んでも飽きません。しかし、いくらなんでもザムザは可哀想です。虫になったことではありません。一家を支えていたザムザが邪魔者となり慕っていた妹にも見捨てられ、孤独の内死に、一家は再出発の希望を抱く。ある種の効力を発揮していた者も、不要になると捨てられてしまう、なんだかホッカイロみたいな扱いです。しかも僕の大好きなカフカ特有の無駄な長台詞や比喩、シュールな展開(出だしは死ぬほどシュールですが)がほとんど無いので、☆4つにしました。主人公はある日、職を失い、家族の信頼を失う。
働くべく前の職場に行っても追い返され、努力しても新しい職にもつけない。
やがて家族の中で「こいつはうちに居ない」ことにされる。
部屋から出ることも、家族の輪に入ることもできない。
うっかり人前にでてしまうと、とんでもないことをしたかのように言われる。
あげく、こんななら出て行くのが当然のように扱われ見殺しにされる。
死ぬ前に出て行けばよかったのか、出て行けば何とかなったのか。
これはそう言う話。
「毒虫になった」てのはきっかけでそれは「失業した」「病気になった」「ぼけた」など言い換えることができる。何かがきっかけで家族が家族でなくなるとどういうことになるか。
毒虫から立ち直るのにこの家族は何もしない。毒虫として扱うだけ。
結果、主人公は死に家族はすっきりとふたたび「きれいな家族」として暮らして行く。

いや、恐ろしい話だけど「毒虫になる」を文字通りとらなければ現実にありそうなホラーこんな小説があったなんて、衝撃でした。 

「ある朝、グレゴール・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な毒虫に変っているのを発見した。」 
という出だし。 

出だしだけで衝撃的。 
でもおもしろい。 
絶対に読むべき傑作です。シューレアリズムの傑作だが、理解するにはそれ相応の人生経験が必要となる。 故に中高生10代、20代でもついて行ける代物ではない。残酷なまでの現実感と設定は読む者をひたすら打ちのめす。これが駄作だというのなら門前払いだ。あと10〜15年は人生を積んで再びトライすべきだろう。
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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/13/4151300031.html">
<title>アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)</title>
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<dc:date>2008-12-05T00:05:30+09:00</dc:date>
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<description>発表当時、メイントリックがフェアかアンフェアかを巡って物議を醸し、問題作扱いされた本作。
しかし、トリック自体には、すでに前例があり、趣向そのものが問題というわけではありません。


本作がミステリ...</description>
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<![CDATA[
発表当時、メイントリックがフェアかアンフェアかを巡って物議を醸し、問題作扱いされた本作。
しかし、トリック自体には、すでに前例があり、趣向そのものが問題というわけではありません。


本作がミステリとして成立しているか否かは、以下の二点から考えることができます。

ひとつは、読者に事件を推理するための手がかりが十全に与えられているかどうか、ということ。
もうひとつは、犯人の行動が、その時その時の彼（彼女）の心理状態と矛盾しない、ということです。

つまり、前者が〈犯人当てミステリ〉として求められる論理的整合性の観点、
後者が犯人が当然持つべき心理的一貫性・必然性の観点、ということになります。


個人的に本作は、前者に気を配るあまり、後者がおろそか
となり、不自然さを露呈してしまった、という印象です。

ただ、現代に至るまで、本作を雛形として改善が試みられた、
同趣向の作品が数多く生み出されている、という現実があります。

ゆえに、いくら瑕瑾があったとしても、本作の歴史的価値が揺らぐことは決してないのです。



◆本作のバリエーション作品

  ・『第二の銃声』（アントニイ・バークリー）
 
  ・『夜歩く』（横溝正史）

このトリックを思いついた時点で、クリスティの勝ち。
クリスティの最高傑作として、本作を採るか「そして誰もいなくなった」を採るか、意見の分かれるところだと思いますが、僕は「そして誰も」を採ります。圧倒的なサスペンス物として。

僕はどちらかというと「アンフェア」派ですが（というか、「ズルくないか？」って思う）、本作の歴史的価値は認めます。もしまったくこの作品のトリックを知らない、ピュアな青少年は読んだほうがいいと思います。素直にだまされる快感に目覚めるから（笑）。
あ、考えてみれば、読み終わってすぐ読み返したくなるっていうことでは、こっちが上かあ。
うーん、クリスティやクイーンやカーをむさぼるように読んでた頃に戻りたいなあ。今そういう時期にいる人は幸せ。読み終わった感想として、かなり質の高いミステリ小説で面白い
私は読む時間があまり取れなくグダグダと読んでましたが
20ページづつぐらいに区切りがあるので内容を忘れず読めました

話しの内容はある村でアクロイドと言う人が殺害され
村に引っ越して南瓜の栽培をしていたポアロが調査に乗り出すといった感じです
事件をややこしくするために、「偶然」を入れてるので納得いかない人もいるかも

犯人についてはアガサ・クリスティーの小説を読んでいる方は薄々気が付くかもしれません
私は何の根拠もありませんでしたが、中盤辺りから「もしかすると○○が犯人かも」
と思っていたら当たってました
しかしその裏にあるアガサの仕掛けにはまったく気が付きませんでした
その仕掛けとは読み終わってからのお楽しみということで、お薦めです1926年に書かれたものだが、とも読みやすかった。また27の章に分かれていて章ごとがの展開がわかりやすく読みやすい。ＡＢＣ殺人事件やオリエント急行殺人事件と比べても読みやすかったし面白かった。とにかく、誰が犯人なのか25章までわからない。私は真犯人を当てることができなかった。100人の読者中当てることができるのは3人くらいしかいないのでは？と思った。あまりにも意表を突くこの結末は、前後のアガサの小説にもなく、最初で最後の展開と言えるだろう。巻頭に「殺人事件が起き、検死があり、登場人物が次から次に疑われる、本格推理小説が好きな、パンキーに捧げる」とアガサが書いている内容どおりだった。まさに「登場人物が次から次に疑われる」アガサの素晴らしい最高傑作だと思う。言わずと知れた名作ミステリーです。トリックについて言及出来ないので（ネタバレになってしまいますし、ミステリーのネタバレは特にキツイですから）読んでいただくしかないのですが、面白かったです。 

当然今の作品の方が洗練されているとは思いますが、この時代の、科学捜査でなく、人間味の妙を、人間観察を、灰色の脳細胞を働かせるポアロの推理はとても面白かったです。フェアか？アンフェアか？犯人が当てられたか、分からなかった、とかも、もちろん議論されてしかるべきですし、それで良いのですが、私は単純に楽しめました。私はフェアだと思いますし、犯人が分からなかったのですが小説として楽しめました。 


いろいろ書きたいこともあるのですが、この本の感想を書く（未読の方へが、また）のが難しい！！！に挑戦してみたのですが、本当に難しい！！ 


ミステリ好きな方で未読の方はもちろん、物語の面白さ、人間観察からの推理など、に興味のある方にオススメ致します。
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<title>冷血 (新潮文庫)</title>
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<dc:date>2008-12-05T00:05:30+09:00</dc:date>
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<description>綿密な取材に基づいたノンフィクション作品で、作品の形態からも、そうとうかがえる。
本作品のモノクロ映画「冷血」は、犯行場面や死刑執行場面を、派手なストーリー性をもって描いているが、
本原作は、それを...</description>
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綿密な取材に基づいたノンフィクション作品で、作品の形態からも、そうとうかがえる。
本作品のモノクロ映画「冷血」は、犯行場面や死刑執行場面を、派手なストーリー性をもって描いているが、
本原作は、それを行わず、取材結果や事実のみを重視している。

作品が描くテーマは、非常に重い。
二人の犯人の、驚くべき残虐性と、死刑の是非も問う。

死刑の是非に関しては、結論を述べる自信は無い。
ただ、二人の犯人には、更正の余地は、全く無さそうではある。
本文が述べるには、二人の犯人は、何ら良心の呵責も無く殺人を遂行出来る「才能」を持つらしい。
しかし、犯行そのものは、綿密に行ったつもりらしいものの、実は、非常に浅はかだ。
二人には、その「才能」の程度に、かなり差がある様だ。

それにしても、作品は、こんな身の毛もよだつ犯行が行われたという事実を、極めて淡々と描く。
小説にまとめられられる過程で、可能な限り、感情論を排除するという、著者のフィルターがかかっている。
この事によって、多様な問題が、くっきりと、浮き彫りにされる。

こんな残虐な物語を、ここまで淡々と描いた著者の心理状態にまで、想いを馳せてしまう。
１９５９年１１月１５日深更、カンザスの片田舎で起きた一家四人惨殺事件。事件発生以前から犯人の絞首刑までを綿密に再現したノンフィクション・ノヴェルである。
１９６５年に発表された作品だが、カポーティは本書の執筆に先立ち、３年を費やしてノート６０００ページに及ぶ資料を収集し、さらに３年近くをかけてそれを整理したといわれている。

この作品の価値は、著者の観を一切排除して、事件を、事件前夜から、犯人二人組が絞首台を上り詰めるまで詳細に、そして多角的に再現し、あくまで客観的にひとつの物語として編み上げた点にあると思う。実際、物語は加害者、被害者、捜査官はもちろんのこと、関係する家族など周辺の人々の会話や証言、手紙など三人称多視点で成り立っている。その多層に織り込まれたドラマは、それだけでも、読むものを圧倒する。

私はセンセーショナルな犯罪もののドキュメンタリーを予想していたが、そこにあったのは、繰り返し描かれる“家族の絆”のようなものであった。
そのあたりが本書を、４０年近くたった今でも圧倒的な迫力を携えながら、読む者の心の奥底に迫ってくる名著にしているのだろう。
アメリカ、カンザス州で実在した一家惨殺事件の加害者、そして、その被害者家族と近辺に住む住人たちなどの心理状態がことごとくリアルに描かれているノンフィクションノベルの傑作。
犯人の悲惨な生い立ちがその事件を起こさせてしまったのかと読んでいくうちに徐々に同情してしまう程、現実以上にリアルである。死刑囚達が絞首刑を待ち受ける「死人長屋」にて描かれている彼らの殺人に対する冷酷な考え方に、殺人者の冷血な心理を痛感する。 映画「カポーティ」公開に合わせての事か実に40年ぶりに新訳として登場した名作「冷血」。この後幾多の模倣品が出版されたが本作を超える作品は皆無だ。メソッド・アクターの様にペリー自身に成り切るカポーティ。第3章「解答」での捜査官に対するペリー・スミスの供述の部分は本作のハイライトであり、その幻想的ともいえる描写は正にカポーティの独壇場とも言えるもので圧巻である。新訳については、若い世代をターゲットにより平易で読み易くするという観点から今回の新訳の発売は歓迎したい。約半世紀前のアメリカの農村で起きた、一家４人皆殺し事件の顛末記です。
非情で残酷な犯行は、八王子で起きたスーパー強盗殺人事件を彷彿とさせます。
八王子事件で犠牲になったのはパートの中年女性一人、アルバイトの女子高生二人。
縛られて銃殺されました。「冷血」の被害者家族も縛られて銃殺されています。
この本で注目したいのは、加害者の二人と被害者の四人それぞれの辿って来た人生を、一人ひとり描写していることです。
決して冗長でなく、素っ気無いと思うほど簡潔に表現されています。
しかし、それが物語に深みを与えており、「ノンフィクション・ノヴェル」と呼ばれる所以です。
不可解な存在である人間の、不完全な社会が抱える不安を、良く伝えている作品と言えます。
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<title>エレンディラ (ちくま文庫)</title>
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<description>題名こそ「エレンディラ」だが、メインディッシュが「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」だとは、決め付けられません。それくらい面白い、奇抜な７つのへんてこな物語。
文庫本であまり分厚...</description>
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題名こそ「エレンディラ」だが、メインディッシュが「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」だとは、決め付けられません。それくらい面白い、奇抜な７つのへんてこな物語。
文庫本であまり分厚くはありませんが、読み応えは保証いたします。ガルシア＝マルケスが初めて、という方にも、既に「族長の秋」を読まれている方にも、本書が初めてだったら、手にとってみてください。このお値段ですからね。
舞台はおおよそがラテンアメリカ。奇妙きてれつな描写の数々。本書はちくま文庫ですが、もう一冊ちくま文庫に（現在入手できるかどうかはわかりませんが）「幸福な無名時代」というガルシア＝マルケスの「私が無名で幸せだったころ」、要するに雑誌記者時代の出来事を綴った本があります。そちらも平行してお読みいただくといいでしょう。
というのも、翻訳者もあとがきで書いていることなのですが、本書にある珍妙な描写は、決してウソイツワリとは一概には決め付けられないのでは・・・ということは、「幸福な〜」を読んでみるとわかることなのです。若き日のガブリエル・ガルシア＝マルケスの体験が本書やいわゆる「マコンドもの」にも生きているということですね。
繰り返しますが、読み応えは保証いたします。初心者の方にもお勧めできます。いい読書ができますよ。凄い小説。既に映画(1983)化されている。VHSも以前売られていたが、いまや中古品も見つからない。最近、蜷川の舞台も上演され話題にもなったのに、あの幻想的な美しい映画がDVD化されないのは、何故だろう?この短篇を読み終えた人なら興味在るでしょ?もったいないはなしだ!スナック菓子のようなハリウッド作品(決して嫌いではないが)ばかりビデオ屋の店頭を占める昨今、もう少し、このような佳作が陽の目を浴びる環境が整う事を望む! マルケスの2大傑作長編「百年の孤独」（1967年）と「族長の秋」（1975年）の間に生まれた作品集（1972年）。「百年の孤独」の後、恐らく「族長の秋」をまとめる過程で放出されたアイデアがこの作品群に纏められている。

 描く恋愛の舞台がことごとく娼館である恋愛悲観主義者のマルケスだが、表題作「エレンディラ」も同様で、魔術的でうら寂しい、砂漠の蜃気楼のような作品に仕上がっている。

 このちくま文庫版はから流通しているので入手もしやすく、マルケス入門編として読むのには、この表題作はうってつけだ。が、彼の真骨頂はやはり長編にあり、その濃密な世界と超絶的な技法の確かさを味わうなら、次いでまずは上記2作にステップアップしてほしい。２０年ほど前に初めて読んだ時、なんの予備知識もなかったせいか、てっきり南米あたりの古代遺跡周辺に伝わる神話の類いなのだと思い込んでました。その後、「百年の孤独」をはじめとする作品群に接することで、自分なりのマルケス像を思い描くようになったのですが、「百年の孤独」と「族長の秋」と本書は折に触れ何度か読み直したりしています。本書はその二作に比べると、短編集ゆえの世界の狭さはあるものの、その密度においてなんら劣ることはありません、とまでは言いませんが、それなりにマルケス的なものを手っ取り早く楽しむことができます。ちなみに映画はいまいちです。蜷川氏がちょうど「エレンディラ」を演出している舞台を見に行き、あまりに不思議で魅力的なストーリーに興味を覚え購入しました。
「大人のための童話」と言われると、確かに平易な言葉でストーリーが綴られていて読みやすく、不思議な含蓄に溢れています。南米では普通に女性が空を飛んでいるような風景に出会う、という解説の一節は想像力よりも、実際に見聞したことの方がずっと文章としてリアリティを持つのだ、という意味にもとれ、どう考えても不思議なマルケス氏の文章が、妙に納得の行くリアルさを持っているのはこの辺かもしれないと思われました。
奇想天外だけれども、SFやファンタジーではないリアルな不思議を是非読んでみて下さい。

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<title>オン・ザ・ロード (世界文学全集 1-1) (世界文学全集 1-1) (世界文学全集 1-1)</title>
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<description>「路上と訳してしまっては何か大事なものが欠けてしまう…動く感じがないのだ…『オン・ザ・ロード』は『路上』をどこかへの『途上』と信じてひたすら移動を続ける若い連中の話」
と紹介の冒頭に書いていました。...</description>
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「路上と訳してしまっては何か大事なものが欠けてしまう…動く感じがないのだ…『オン・ザ・ロード』は『路上』をどこかへの『途上』と信じてひたすら移動を続ける若い連中の話」
と紹介の冒頭に書いていました。そのとおりのストーリーが展開します。

この本を読んでいて、頭の中に映るのは、アメリカのハイウエイ。何百キロと同じ荒涼とした景色が続く。ハンドルを握りアクセルを踏む。時間とガソリンを道端に捨てる移動。長距離トラックの運ちゃんでもないかぎり、無駄な時間だ。非生産的というか。

でも、人生をふりかえってみると、この時間が大切な記憶として刻まれてしまう（そういうことってみんなありますよね？）。

この小説も非生産的なドライブみたい。ストーリーにハリウッド映画的なドラマ性はない。しかし、ひとつひとつの挿話が胸に脳に刻まれてしまう。印象的なシーンをひとつ。

サルは身勝手なディーンとディーンの元妻メリールウといっしょにサンフランシスコに来る。三人で共同生活をしようとしたのだ。ニューヨークからの長旅でお金を使い果たしたところで、ジェーンは現妻のところに行ってしまう。

「唐突にジェーンがじゃあなと言った…「どんなロクデナシか分かった？」メリールウが言った。「どんなに寒いところだろうが置いてけぼりにしていくのよ、自分の都合で」「分かってる」もくはいいえ、東のほうを振り向いて溜息をついた」

それでも、彼らはディーンを許してしまう。なぜ許せてしまうのか。その何故？がこの小説がアメリカ人に愛されている理由ですね。旧訳悪いとは申しません。
ドラッグを美化する気もございません。
この本が素晴らしいのは、その瑞々しさであり、語り手のきれいな口であり、素晴らしい翻訳であり・・・毎日を、ただなんとなく生きている方に、手を差し伸べてくれる・・・そういう点だけではないのですが・・・日々に退屈を感じている、我々にとって、とても素敵な物語である・・・到底、私のボキャブラリーでは語りつくせない魅力があるのです。
ただ勘違いしないでください。決して本書は、怠惰に生きている人間たちのだらしなさをつづったものでもなければ、オカルトめいた、オルタナティヴ・ファンタジーでもないのです。
本書では、登場人物たちに、厳しい現実が襲いかかってきます。そんな状況でも、つねに希望を持って、日々を生き、放浪を続ける人間たちの姿には、とても元気づけられるでしょう。
話は変わりますが、私はこれを読んでいて、ボブ・ディランの「ミスター・タンブリング・マン」を思い出しました。ディランのこの曲にも、厳しく、ときには退屈な現実と向かい合い、生きていく人間たちの姿が歌われていました。
私が初めて読んだのは旧訳のほうなのですが、やはり素晴らしいと感じました。そして新訳を手に取ったわけですが・・・いやあ、素敵だなあ。すらすら読めてしまうのです。
「ビート・ジェネレーションを代表する一冊」というくくりで捉える方にも、そうでない方にも、是非お勧めできます。
とにかく、読んでください。私のこんなレヴューなど、読んだあとには、きれいさっぱり忘れてしまうでしょうから。年月を重ねても、心に若さを忘れていない方に、感じてもらいたい。「オン・ザ・ロード」は永遠です。１００年経っても、語り継がれていく書物です。
ジャック・ケルアックには、もっと長生きして、もっと本を書いて欲しかったなあ。ウィリアム・バロウズだって、８３歳まで生きたのだから・・・私のこんな愚痴など、忘れてください。フランシス・フォード・コッポラが、十年来、映画化しようとしているが、確固たる脚本が得られず実現できていない作品です。 

五部構成からなるこの作品の第一部から第四部までは、それぞれアメリカを横断、縦断する語り手サルとディーンの放浪の物語です。 

それは、「退屈な知識人」による既存の価値観に対する反攻の物語です。 
安住の地を求めず、その時々の刹那的な「幸福」を求めての旅です。彼らは、街に行き着く度毎に馬鹿騒ぎをし、場合によっては、不法な事も構うことはありません。酒、薬、女、そして激しい音楽が、彼らを徹底的に乗せるのです。 

サルは、ディーンを崇拝しています。ディーンは、時に狂気を示し、迷惑をかけます。それでも惹かれてゆく何かが、ディーンにはあります。 
この本の中には「ヒップスター」と言う言葉が、頻繁に登場します。この意味は、「正業につかず、なにをやっているんだかよくわからない、ぶらぶら遊んでいるやつ」と言うことだそうで。でもサルは彼にそれ以上のものを見ているのでしょう。 
それは、既存のものからの独立性なのかも知れません。そうした状況で生きてゆく勇気なのかも知れません。或いは、時代を先取りした先験的な生き方を見ていたのかも知れません。 

訳者によると、「鋭い語感」が作者の特徴だそうです。表面的な意味と、その裏側にある意味とを巧みに使いこなしていると言うことです。 
この物語を読んでいると、物語自身が表面的な物語の裏に何があるかが問題なような気がします。彼らのハチャメチャな行動の裏に何を感じ取るかが大切なのかも知れません。河出書房新社の創業１２０周年記念として企画された「世界文学全集」。その第一回配本の名に恥じない名作です。
作品には作者のケルアックのみならず、ウイリアム・バロウズやアレン・ギンズバーグなどなど、ビートゼネレーションを代表する作家たちがモデルとなって登場し、作品世界を走り抜けます。
旧訳も悪くはないですが、新訳が本当に魅力的で、内容の薄い昨今のベストセラー作品とは全く違った深くて忘れがたい読書体験を下支えします。
世界文学全集は商売にならないということでどの出版社も二の足をふんでいましたが、やはり老舗がやってくれました。河出書房新社の英断にも拍手したいです。 「路上」が出版されたのは、約半世紀前のことらしいが、今回"On The Road"(オン ザ ロード)なる英語名そのままで新らしい翻訳を出したのは正解だった。「路上」では、ある地点に留まっている感じがするが、「オン ザ ロード」では、まさしくこの小説そのまま突っ走っている状態があっていい。ぼく(＝サル)と親友デイーンとの「すけこましヒッチハイク」のあらましを、スピード感あふれる日本語の文体で訳し続けている。ディーン、彼は次から次から女をひっかえる万年勃起男、小説の冒頭には、メリールウと結婚してすぐ別れ、次には、カミールに子供を生ませ、飽きるとまたメリーちゃんに戻り、イネズなるあばずれが出てきたと思うと、結局カミールちゃんと落ち着いてしまったような････。
 
 これが、ビートジェネレーションを代表する永遠の青春小説といわれている、この二人とニューヨーク、デンバー、フリスコ、メヒコへの旅を同行体験する、ここに描かれている青春はなんて自由なんだ、だから、「世界文学全集」の一冊に選んだというのが、編集者池澤夏樹の言い分であるが、私が、★５つをつけたのは、単純に面白かったから。この本を読んで田舎から出て来る気にさせたボブ・ディランのファンだから、それに、ジョージ・シアリング、レスタ・−ヤング、チャーリー・パーカー、スタン・ゲッツ、ディジー・ガレスピーなるジャズの錚々たる名前がちらほら出てくる、彼らのライブの雰囲気を描いてくれているからである。永遠の青春小説にはどう転でもまずなり得ないが、20世紀ジャズの息吹を21世紀に確実に伝えている点は評価できる。

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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/17/4872579119.html">
<title>変身 (まんがで読破)</title>
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<description>カフカは当時、変身の挿絵を描く人に「絶対に直接虫の絵を描かないでくれ」と言っていたそうです。
カフカの作品はとらえどころのない、様々な解釈ができるものです。

漫画にしてしまったことによって、ある１...</description>
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カフカは当時、変身の挿絵を描く人に「絶対に直接虫の絵を描かないでくれ」と言っていたそうです。
カフカの作品はとらえどころのない、様々な解釈ができるものです。

漫画にしてしまったことによって、ある１つの側面からしか見えなくなっているような気がしてなりません。

余談ですが、原作にないエピソードとか誰がつけてるんですかね？ なにがしたいんでしょう。他のレビュアーの方々が書かれている通りです。
何故に、何故に『まんがで読破 蟹工船』のような、絵もアレンジも秀逸なものにしてくれなかったのか。あの漫画を描かれた方に、他の『まんがで読破』シリーズも携わって頂きたかったです……。私は原作より先にこのマンガを読み、かなり面白いと
思ったので原作を読んだわけですが……。

ストーリー違うじゃないですか！

例えば、原作には彼女（みたいな人）は存在しません。
よって、マンガの最後に出てくる彼女の台詞もありません。
正直、私の読んだ原作は大幅に省略してあるんじゃないかと疑ったほどです。
（私が読んだ原作は岩波文庫の変身と断食芸人が一冊になっている本･108pです）
これを読んだ人は絶対原作も読んだ方がいいと思います。
万が一この作品が会話に出たとき、マンガの知識でしゃべると恥をかくと
思うので。元々短い、暇ななら一日で読んでしまえるこの作品を
どうしてわざわざ漫画にしたのか不思議に思いながら読んでみた。

原作にはない余分なエピソード（グレーゴルの入社や恋人）の挿入が目に余る。
しかもそれが非常に大きく扱われているので、原作の冷徹さや喜劇性が
まるっきり犠牲になっているのだ。これは『変身』の「変造」である。
しかもそのエピソード自体陳腐もいいところで、
カフカと関係ない別の漫画作品と思って読んでもつまらない。絵も汚いし。

フランツ・カフカの『変身』を未読の皆さん。
お願いだから、本書は当てにしないで下さい。
これを読むならカフカを読まない方がまだましです。値段も手頃だし、読みやすそうなので購入。
実際は本当に読みやすかったです。（20分程度で読めます）
絵柄もわりと癖がないしよいんじゃないでしょうか。
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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/18/4594002846.html">
<title>スケルトン・クルー〈1〉骸骨乗組員 (扶桑社ミステリー)</title>
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<description>「今日の早川さん」の作者COCOさんのブログで紹介されていたので、読んでみました。とにかく「霧」が秀逸です。見えないことの恐怖、集団ヒステリー、そして驚きの現実。異形のものが何となく「マブラブ・オル...</description>
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「今日の早川さん」の作者COCOさんのブログで紹介されていたので、読んでみました。とにかく「霧」が秀逸です。見えないことの恐怖、集団ヒステリー、そして驚きの現実。異形のものが何となく「マブラブ・オルタナテイブ」っぽい感じ。先日、映画を見てきました。見えないものの恐怖を、ダラボン監督がとてもうまく表現していました。特に宗教かぶれのおばさんがみんなを先導してゆく場面はとてもリアル。映画のラストは小説と異なり、烈なインパクトを感じましたが、少々本編のストーリーとつじつまが合わなくなるような気がしました。「キャリー」もそうですが、小説の最後は静かにおわるのですが、映画はラスト勝負のため、原作と違ったものになっちゃうのですかね。わたしはどちらも、小説版の方が好きです。「ショーシャンク」、「グリーンマイル」と
原作に忠実に映画化し続けていたフランク・ダラボン。
今回はエンディングを大幅に変えることにより、
作品そのものの持つ性格をまるで変えてしまいました。

その評価は置いておいて、映画をご覧になられた方でも、
「霧」を含むこの短編集は十分に購入の価値があるかと思います。

「霧」は、物語に終え方により、
その深い魅力を獲得してると言えるかと思います。
（そのやり方には著者自身、本作品中でイイワケしちゃってますが）
読了後も、ずっと記憶に残るような作品で、
実際、映画化を十数年待ちわびてしまいました。
（映画を観終わった後は、先に原作を読んでいた幸福を感じてしまいましたが）

読み終えられた方にも、ちょっといいお話を。
どこで読んだか、作者の方も失念してしまいましたが、本作の素晴らしい評論を読んだことがあります。（絶版になっているような、キング評論の本でした）
その中で、本作のラスト、少し難解で、明言されない一文がありますが、
その「似通った２つの言葉」を、
"hope"と"home"と予想していました。

まさに、本作を貫くテーマです。傑作。「霧」目当てに購入しました。
いやー、これは面白い！ 極限状態に置かれた人間がどんどんおかしくなっていく様は流石キングといったところです。妻子持ちの主人公も、ありがちな聖人君子ではなく欲望に流されがちな人間臭いキャラで○です。
しかしそれ以外の短編・掌編はイマイチかも？ キングは初期短編が傑作ぞろいと聞いていたので、ヤマなしオチなしのものが多いのにはちょっとがっかりしました。
まぁ、霧目当てに買う人にはオススメですけどね。 やはり「霧」

 個人的にもう一つ好きなのが「浮き台」です。
こちらは映画版「クリープショー」の一作として有名です。

 若者達が遊びに訪れた湖にひっそりと「何か」が待っていた・・・。
その正体は？
 まとまりの良い短い話をお望みの方におすすめ 
 この作品中にある「霧」は短編というよりは中篇ですが、話しが良く練りこまれていて、とても面白いです。単に怪物だけでは物足りなく、霧だけでも力不足ですが、この二つがうまくコラボレートする事で、１級の作品に仕上がっています｡「握手をしない男」もお薦めです。小奇麗なホラーといった感じで、スラスラ読めます。
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<item rdf:about="http://9bookshop.bestbook-shop.com/detail/19/4102146016.html">
<title>蝿の王 (新潮文庫)</title>
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<description>小島では規則を作り理性的でなければならなかった。その権威の象徴は「ほら貝」である。人間の奥に潜む、この場合は子供の無邪気・無垢（イノセント）に潜む悪なる部分は「蝿の王」である。「ほら貝」と「蝿の王」...</description>
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小島では規則を作り理性的でなければならなかった。その権威の象徴は「ほら貝」である。人間の奥に潜む、この場合は子供の無邪気・無垢（イノセント）に潜む悪なる部分は「蝿の王」である。「ほら貝」と「蝿の王」は対の関係にあると言えるのではないだろうか。
ほら貝の権威が守られている間、少年たちの関係はそこそこ平和的であった。しかし時が経ち、その権威は薄れていく。内なる悪である「蝿の王」が理性を蝕んでいるのだ。
サイモンは薄々獣とは何か理解している。
「ぼくには分からないよ」「ぼくがいおうとしたのは･････たぶん、獣というのは、ぼくたちのことにすぎないかもしれないということだ」「世界で一番汚いものはなんだか知っているか？」これらの言葉は胸に刺さる。しかし彼らがサイモンに耳を傾けることはない。
蝿の王はサイモンに語りかける。ここが極めて重要な部分だと思う。
「お前はそのことは知ってたのじゃないのか？ わたしはお前達の一部なんだよ。お前たちのずっと奥の方にいるんだよ？ どうして今のようになってしまったのか、それはみんなわたしのせいなんだよ」
サイモンは知的・理性的な感じでは描かれていない。彼は本当の意味で純粋なのだろう。純粋であることは内なる悪を抑えつけることではなく、悪をも相対化するのではないだろうか。だからサイモンは蝿の王と対話ができる。
ほとんどの人間は理性で内なる悪を抑えつけている。つまりそこには対話はなく、一方的な抑えつけであり、その内なる悪から目を背けているだけだ。その点においてラーフもジャックも同じのではないか。私には単にジャックが悪い人間だというのは軽率すぎると思う。真に著者が言いたいのは、みな内なる悪があることである。
無人島に漂着、救助を求めながら送るサバイバル生活の中、
理性と狂気、ふたつの立場に分かれて少年たちが仲間割れし、対立していく緊迫感の描出は見事。
人間の本質をリアリスティックに描く視点も好みに合った。
ですが、ラストが尻切れトンボ気味では？
徹底的なバッド・エンドでもなく、救いがあるハッピー・エンドでもない。
引っ張った割りには取ってつけたような結末で、読後感はあまりよくなかった。すごい小説です。戦時中、疎開先へ向かう飛行機が突然墜落しました。そして、法律もルールもない無人島に投げ出された子ども達が自らがルールとなり、サバイバルしてゆくという展開で進められてゆくストーリーです。その中に人間の'闇の部分`や'無の部分`が描かれていてラストは息が詰まるぐらいのスリルが連続していて時が経つのを完全に忘れてしまう一冊でした。僕たちが日常でもよく感じる、あの妙な孤独感や閉塞感、そして他人に対する畏敬の念。それらがうまく描かれたまさに人生のバイブルとも呼べる一冊でした。 正直他のレビューの高評価に期待して読んだのですが、自分はラストシーン以外は全く共できませんでした。確かに野性生活の中で子供達の獣性が徐々に表れていくという筋はかなり魅力的で類を見ない物だとは思います。先述したラストシーンでの海軍の将校の台詞「イギリス人ならばもっとそれらしい生活ができたんじゃないのか」という部分にはハッとさせられました。終盤の追っかけ合いも読んでいて興奮させられるものでしたし。でもやっぱり、獣性の発露していく過程がものすごく唐突。豚を捕るか獲らないかでもめた末起こしてしまった殺人が引き金になってしまうというのですが、なんだか本当にその殺人がとってつけたみたいに入ってくるので面白くありません。妙に頑固だなという登場人物達の言動にもやや引っかかる部分があります。もともと『十五少年漂流記』などの冒険物が下敷きになっていることもあって都合のいい部分も散見され、ちょっとなぁ、という気がしました。1954年に発表された、ノーベル賞作家ゴールディングの代表作。
南太平洋の無人島に不時着した少年達は、初めは団結して秩序ある生活を送っていたが、
徐々にリーダー格の二人の少年の対立が表面化する。
リーダーに選ばれたラーフは秩序を守ろうとするが、狩猟隊のジャック達は次第に暴力的なグループを形成し、
最後は流血の闘争へとエスカレートしていく。
少年達が徐々に凶暴化していく過程が実に巧みに、かつ説得力を持って描かれており、
最後まで秩序を保とうとしたラーフが最後にはついに孤立化してしまい狩猟隊から逃げ回るところは悪夢を見ている様である。
この、恐怖と暴力が支配する小さな世界は、大人たちの世界の縮図と捉える事もでき、
本来人間とは平和より闘争を好む生き物なのかと考えさせられる。
本書が発表された当時の、第二次大戦後の冷戦という不安定な秩序と、
そして再び大戦が勃発するかもしれないという不安感を反映していると私は感じたのだが、どうだろうか。


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<title>路上 (河出文庫 505A)</title>
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<dc:date>2008-12-05T00:05:30+09:00</dc:date>
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あまり賛成しないだろうが大した小説じゃない。ボウルズは偉大な存在だし、バロウズも鬼才というに足るが、ケルアックはかなり落ちる。この人の人生やこの本で描かれている人生は面白いといえなくもないかもしれないが（似たような友達どうしで自分に似ていない人間を愚痴りながら、アメリカ国内をうろうろしているだけだけど）、小説としてはぐずぐず、だらだらしてて切れ味がない。延々と同じような内容が繰り返し続くだけ。文章もとても詩的とはいえず、どこも異端とも革命的とも言えないし、拍子抜け。
 作者の人生や作品で描かれている人生の面白さを、小説の出来と混同するのはやめましょう。60年代に若者達の知的関心の中心は完全に変わった。それまで「小説」の占めていた位置に、ディランとビートルズ以降、ポップ音楽が居座りそのまま現在に至っている。この作品がまさにその一大変化の分水嶺にあたる。実際、これほど60年代以降の偉大なミュージシャン達に大きな影響を与えた小説も無い。私が知っているだけでも、ディラン、レノン、ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリン、ボウイは、この作品に魅惑され、決定的な影響を受けている。そして70年代以降の文学等全ての文化は、未だにこれらの音楽家の影響下にある。
これほど読者の世界観を力強く変える作品も稀だ。ただ惜しいことに訳文が古臭い。佐藤良明氏がある本の中で抄訳していたが、実に上手かった。全訳してくれないものだろうか。
 結構厚く感じる本なのですが、終始あわただしくいったりきたりしているだけで、その路上でどんなことがあった、つまり路上において「とどまっている人たち」については、驚くほど薄い印象しかない。

 観光でも何でも「旅」は「冒険」ですから、たとえ短時間で通り抜けてゆくにしても、いった先の風景や事情、その土地と自分がどう向きあったか等々がとても重要な要素だと思うのです。淡々と心象風景がつづられて、身勝手をやったり身勝手をされたり、移動しました・・・、では私にとってはつまらなかった。紀行文ではないという当たり前なことを自覚せざるを得ないのか。

 ロードムービーは好きだけど、この本にはのめりこめなかった。

 部屋に飾っておくと「カッコイイ」本ではあるけど。
大抵の偉大な作品について語る時に当てはまるのだが、本当にクオリティーと斬新さが上手く結びついた作品について何かを書こうとするのは無駄だ。
そういう時は、とりあえず読んでみるといいと言うしかなくなる。
この小説もの手の類の本である。

アメリカの本屋に行けば大抵どこでも手に入ると思うので、ニューヨーク発、コロラド経由サンフランシスコ行きの旅行計画を練っている人、（つまりI80かAMTRAKで大陸横断する人）もしくはまさにその旅程を旅している最中の人には是非読んでほしい。
私は大陸横断を鉄道で終えた後、CITY LIGHTS BOOKSTOREでこの本を購入し、東海岸に戻る途中に読んだ。
そういう状況が似合う本だった。
旅のお供に是非。〜第三部の第四章、サンフランシスコの酒場で狂熱ともいうべきジャズのライブ演奏を友人たちときいたあと、第五章の冒頭で、この小説のヒーロー、ディーンはサル（私）にこう言う、”Now, man, that alto man last night had〜〜 IT.”この小説のテーマがはきっきり示された瞬間である。“IT”とは何か。それは第四部のなかであきらかになります。第四部の第三章の中程でディーンはこの小説のクライマックスであるメキシコへの旅についてこう語る。”Man, this will finally take us to〜〜 IT!”自動車旅行とジャズのライブシーンにあふれたこの小説の白眉は、第四部の後半、国境をこえたメキシコの売春宿で乱痴気騒ぎをしたあと一路メキシコシティーへと向かう旅路にあります。そこで彼らが何を見、何を感じたか・・・、そして”IT”とは何だったのか。すべてがあきらかになります。第一部の東から西へのヒッチハイク旅行（ディーンは何故〜〜かあまり登場しない）、第二部のニューオリンズにオールド・ブル・リー（「裸のランチ」のウィリアム・バロウズがモデル）を訪ねるアメリカ南部への旅、第三部のサンフランシスコからニューヨークへの今度は西から東への旅・・・、それらの旅の描写は非常に素晴らしいものがありますが、第四部のメキシコへの旅の序章、それも壮大な序章だったのいうのがよく〜〜わかります。そして最終章である第五部、ほんとうに短い第五部ですが、アメリカ文学史上に燦然と輝く散文としての到達点をここに見ることができます。特に最後のパラグラフは英文として私がこれ以上の見事な文章はない、とおもっている一文です。ゆっくりと味わってください。〜
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